2015-01-01

「七つの会議」を読んで

2013 年に NHK でドラマ化された作品ですが、ドラマの方は見ていません。そう言えば半沢直樹シリーズのドラマ化が話題となりましたが、こちらもドラマの方は見ていません。しかし、ドラマ人気の影響で書店に多くの池井戸作品が並ぶようになったので、「オレたちバブル入行組 」を読んでみたらその面白さの虜に。以来すっかり池井戸作品のファンになってしまっています。

さてこの「七つの会議」は、中堅電機メーカーで起こった不祥事に巻き込まれていく社員たちを描く群像劇です。年末年始の休暇で、大掃除もせずに久しぶりに読みかえしたところ、初読の時とは違う感想をいろいろ持ちましたので、ブログにまとめてみました。

タイトルの 七つの〜 はキリスト教世界の「七つの大罪/罪源」である[傲慢、物欲(貪欲)、ねたみ(嫉妬)、憤怒、貪食、色欲(肉欲)、怠惰]を意識しているように感じられます。ストーリは、最終話「最終議案」を含む八話で構成されており、(初読時は)最初の数話を読んだだけでは、問題の核心に触れることができず、オムニバス形式の作品かと思ってしまいました。しかし、読み進めるうちに、そうではなく、各話が関連していることに気が付き、そしてどんどんと問題の核心に引き込まれてしまいました。

超あらすじ

大手総合電機の雄であるソニックの子会社である東京建電で、椅子に使われているねじの強度不足によるクレームが発生し、このことをきっかけに、同じねじメーカーで使われているほとんどが製品規格を満たしていない、強度不足のねじであることが発覚します。このねじの不良を巡る社内隠蔽の動き、内部告発の顛末が描かれています。

ねじの強度とコストインパクト

読んでいて気になったことが一点あります。廉価な強度不足のねじを使うことが、はたして商品である椅子にどれだけのコストインパクトがあるのか、という点です。作中のコンペではコストが全てであるようになっていたので、そうであれば、ねじ強度の偽装でどれだけ商品の価格を下げることができたのか、読者がなるほどと納得できるような話の組み立てになっていれば良かったように思います。

コンペによる一社選定は現実的か?

そもそも大口の重要なコンペであれば、採算度外視とまでいかなくとも戦略的な価格設定で参入を果し、量産効果による製造コストと原材料あるいは部品調達コストの削減を進めて設定期間内に黒字化を目指すというのが、私の素人考えです。またコンペはするが、二社購買あるいは複数社購買による購入リスク低減と各社購入比率の管理をするのが、選定側の一般的な調達戦略のように思います。自分のエンジニアとしての経験では、実験用の新規部材の購入ですら、最終的な採用を見越して、二社購買の要求が常に購買部門からあったからです。

小説ですから、話の単純化はもちろん必要なのでしょう。

品質の砦 ─ 品質保証

作中では、親会社であるソニック、子会社の東京建電、そして取引先の会社と利害関係は単純で理解し易い構成になっています。東京建電社内は、人事部、経理部、商品企画部なども出てきますが、作中ではメインプレーヤが営業部と製造部の二部門に単純化されており、営業部門が仕入先を選定する役割を担っています。

その営業部門の担当課長とねじの取引先で偽装が企てられるのですが、それを何年も隠蔽し通せるものでしょうか。実際、収益率の変化から他の営業課員によってコストダウンのからくりが暴かれることになるのですが、品質保証部門に身を置く者として、ものづくりの現場から離れたところで展開される話にやや違和感をおぼえました。

ものづくりの現場では、納入している製品の性能や安全性を保証するために、ある頻度の抜き取りで信頼性試験を実施するはずです。また、ねじの強度が安全性や耐久性に関わる重要な因子の一つだと認識されていれば、納入されたねじの受け入れ検査でも、ある頻度の抜き取りで強度試験を実施するはずです。いずれにしても、ねじの強度のような単純な性能不足を長年に亘って隠蔽し続けることは不可能ではないかと思うからです。

また、この東京建電には半導体関連のセクションがあるということが第一話で触れられているので、これは半導体産業に限ったことではないのですが、製品設計や製造のプロセスでは変更管理のしくみが確立されているはずです。営業部門が仕入先を選定する役割を担っているとしても、仕入先変更は社内の変更管理プロセスに従って実施され、どうしてもそこで客観的な評価が入ってくるため、不正を隠し通すことは大変難しくなります。

しかし、コストに直接寄与しないしくみというものは形骸化しやすく、不正な変更が隠蔽されつづけることが可能になってしまう場合もあります。

年商一千億円規模の東京建電とはいえ、今どきのものづくりの企業であれば ISO 9001 の認証は取得しているでしょうから、こういった品質に関わる偽装が明らかになり、その企業が謝罪会見を開く時、社長と共に会見に出席するのは、品質管理責任者 (Quality Management Representative) と呼ばれる、品質保証(品質管理)部長か、担当役員になるでしょう。

品質保証の立場でものを言ってしまいましたが、こういった現実を小説に持ち込んでしまっては、エンターテインメント性が損なわれてしまうかもしれません。

もうひとつの砦 ─ 内部監査

内部告発は、それこそ正義を貫く最後の手段です。内部告発に踏み切る前に、内部監査に判断を委ねることもできるはずです。内部監査とは組織体の内部の者による監査のことを言います。組織体のガバナンス・プロセスの有効性や財務管理状態を監査する内部統制の視点による内部監査の他に、品質や環境、安全衛生マネジメントを監査する内部監査もあります。しかし、不正を内部監査で暴き是正させることが、機能としては可能であるとは言え、いざ実行に移すには、それなりの覚悟が必要になります。

都合の悪い事実の揉み消しと戦う内部監査

「七つの会議」の感想とはズレてしまいますが、不正を正した内部監査の事例を紹介します。

事例は、品質の内部監査です。内部監査員は、部門横断的に従業員で組織され、主に係長、主任クラスの役職者で構成されています。製造プロセスの内部監査において、ある製品の納入仕様書に記載されている出荷検査項目のひとつである検査試験 A が、試験を実施していないにもかかわらず、さも試験をしたかのように架空の数値を記載して何年も出荷され続けていたという事実が発覚しました。こうなった理由は、過去に担当検査員が異動したことにより、この試験を実施できなくなってしまったということなのですが、深刻なことに、担当部署の管理職(課長)をはじめ、その上位職者もこの不正を認識していたということでした。当然、内部監査員の判断は「major な不適合」でした。

内部監査報告書は、被監査部門の部門長の承認の上で確定します。問題は、被監査部門である品質管理部 (QC) の部長を、本部長である品質管理責任者が兼務していたことです。この時の内部監査チームのリーダーは品質保証部 (QA) の係長で、社内事情に通じていたため、不適合の事実が品質管理責任者に揉み消されることを心配しました。職制では立場が弱い内部監査員の指摘が、そのまま監査報告書に記載されて確定するとは限らないのです。その日の夜に主任内部監査員である品質マネジメントシステム課 (QMS) の課長と一緒に、部門長である私に相談にきましたので、もみ消しを阻止することを請け負いました。翌朝の本部の全体朝礼において、事前のネゴ無しに、本部長の横でしゃあしゃあと昨日の内部監査で上がった不適合候補を周知し、速やかに是正に取り組むことを指示したのでした。この不意の周知行動に、本部長の怒りを買ったのは当然ですが、もう手遅れです。不適合の事実は、その後、業務報告会やマネジメントレビューの場で、QMS 課長から繰り返し報告されることになりました。

この不適合の是正処置は、結果的には、品質保証部 (QA) が当該納入仕様書から検査試験 A を外すことを顧客の合意を得て改定するという、なんとも情け無い形でクローズしました。属人化していた特定の検査試験に対する人的リソースの割り当ての仕方の改善や、絶えず変化する検査試験への要求に対応できる組織的な人員計画の改善などに確実に着手できるような対策が品質管理部 (QC) で講じられたとはとても言えませんでした。

また、お客様目線に立った行動が取れておらず、どうしても内向きになってしまうところが気に入りませんが、事業が B2B で、人命に影響するような製品を販売していないため、顧客重視のスローガンばかりの中途半端な行動になってしまうことは、致し方がない事なのかもしれません

しかし、品質の内部監査が、たとえ品質管理部 (QC) のような足元の組織においても正常に機能して、不正があれば(それなりに)正すことができるということを社長にアピールできたことはひとつの成果と言えます。

まとめ

長い感想文になってしまいましたが、「品質 Quality」とは顧客満足の実現であると考えている自分にとって、アプローチは違えど、池井戸氏が描く世界には共感できる部分がとても多いです。半沢直樹のシリーズでもそうですが、顧客のことを考えて仕事をする、それが池井戸氏の一貫した考えのように感じとれます。

土曜ドラマ 「七つの会議」 | NHKドラマ のあらすじを読むと、ドラマの主役は東山紀之扮する原島課長のようです。しかし、原作では、万年係長である八角民夫が主役のように思いました。しかしこの主役は決して多くを語らず、関係する周りの人間がいろいろと考え、苦悩します。

最後に、印象に残った村西副社長の言葉を引用します。

いまはっきりとかる。あのとき、父がいった言葉は、ビジネスに携る者が決して忘れてはならない金言なのだと。

── 客を大事にせん商売は滅びる。

参考サイト

  1. もの作りのための機械設計工学
  2. 三菱リコール隠し - Wikipedia
  3. 失敗事例 > 三菱自動車のリコール隠し
  4. ロドデノール - Wikipedia

 

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