J.S. Bach の無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ(以下、単に「無伴奏」)は私の大好きな曲の一つです。なにしろバイオリン少年だった私は、大学に入ってからこの一連の無伴奏曲の虜になり、取り憑かれたように練習に明け暮れていたのですから。しかし、どんなに音楽に熱中しても、本来は物理学科の学生だったので、たとえ直接的ではなくとも物理で身を立てる道(半導体プロセスエンジニア)を選んだのでした。自分だけの無伴奏を思う存分弾くことは永遠の夢となり、いつしか人の演奏を聞いてはウンチクをたれるような老いぼれになってしまいました。
さて、今回はその無伴奏曲の話です。と言ってもウンチクをたれることが目的ではありません。が、しかし、昔のバイオリニストを何人か紹介することになるので、きっとウンチクじみた話になってしまうことでしょう。
右のシャコンヌの演奏は、ヴァイオリンの貴公子と呼ばれたミルシテイン (1903/12/31 - 1992/12/21) の最後になったリサイタル(1986/6/17 ストックホルム ベルワルド・ホール)で収録されたものです。なんと 82 歳の時の演奏です。
年齢による衰えは感じるものの、やっぱりミルシテインの演奏です。
右もミルシテインによる同じシャコンヌの演奏ですが 1957 年のライブ演奏の録音です(ザルツブルク音楽祭)。先の最後のリサイタルの演奏から遡ること約 30 年、すでにミルシテインの演奏は確立されています。もっとも 1903 年生まれのミルシテインは、この時すでに 50 歳を超えていますので、ある楽曲に対する解釈が確立していてもそれは当然のことなのかもしれません。
ただ、私が感じていることは、バッハの無伴奏を弾くミルシテインに限らず、名演奏家と言われるバイオリニストは、それぞれ、その人だと判る演奏の特徴あるいは曲に対する解釈を持っているということです。そしてその演奏スタイルは、入手できる録音を聴く限り、大きく変わっていません。
バッハの無伴奏の演奏で有名なバイオリニストは何人もいますが、20 世紀前半で、複数回の録音を確認できる巨匠と言えばミルシテインの他に、(日本人に人気がある)ヘンリック・シェリングやヤッシャ・ハイフェッツの演奏もあります。これらの演奏もやはり共通性があるのです。シェリングの弾くバッハは、曲の解釈を含めてやっぱり変わらないし、ハイフェッツの演奏もしかりです。
職業として演奏するということは、そういうことなんだと思っていました。なお、ここでは演奏の出来不出来や録音の良し悪しを問題とはしていません。
ところが、ギドン・クレーメル (1947/2/27 - ) の演奏はそうではなかったのです。
クレーメルは少なくと三回、バッハの無伴奏を録音していますが、最初の録音 (Eurodisk, ?. 1975, Partita のみ) と思われる右のシャコンヌの演奏と、その後の演奏には弾き方に隔たりがあります。
以下に、その後の録音 (Philips, 1980, 1990), (ECM, 2001-2002, 2005) を埋め込みました。なお、カッコ内はレコード会社、録音年、発売年を表しています。
また、Philps の盤については、YouTube でシャコンヌだけという投稿が見つかりませんでしたので、パルティータ第二番 (BWV 1004) 全曲のものを埋め込んであります。シャコンヌは 13:40 ぐらいから始まります。
三番目の演奏を CD で最初に聞いた時、またずいぶん演奏が変化したものだと大変ビックリしたことをおぼえています。
しかし、今回、この記事を書くにあたってあらためてじっくりと聞き返してみたところ、たしかにクレーメルの演奏は変化してきているものの、根底にある演奏スタイルについては二番目の録音と共通しており、やっぱりクレーメルの演奏なのだなぁとあらためて感じたのでした。
クレーメルはソヴィエト連邦ラトビア・ソビエト社会主義共和国で生まれましたが、1975 年に西側ヨーロッパでデビューしたあと活動の中心をドイツへ移し、1980 年にドイツへ亡命しています。彼の演奏スタイルが大きく変化したとすれば、それは亡命による影響が大きいのかもしれません。
ああ、芸術とはなんと凡人には遠いところにあることでしょう。
学生時代に盛んに弾いていたシャコンヌひとつとっても、これが自分の弾き方だと、どこへでも堂々と出せるスタイルは確立していません。いろいろな「プロ」の演奏を聞いては、やっぱりこう弾いてみようかなどとあれこれ試してみたりもします。そうやって思い悩むことが、芸術していることと錯覚して悦に入ったりもします。
これがアマチュア芸術家ならではの醍醐味だと言ってしまえばそれまでですが、やっぱりチープです。ブレることのない真の芸術の世界とはなんと遠いことか…。
プロの演奏家は楽譜を読み、己が感じるままの音楽を演奏する。そしてそれは聴衆の心を深く打つのです。
そういえば、9 月にチョン・キョンファの無伴奏が発売されるらしい [1]。恩師ガラミアン仕込みの無伴奏ソナタ2番&パルティータ2番を 1974 年に録音していますが、指の怪我から復帰した最初の録音となるこの演奏を聞くのが楽しみです。
MuseScore
MuseScore は、Werner Schweer 氏によって開発された楽譜作成ソフトウェアです。楽譜をPDF, SVG, PNGで綺麗に出力することが可能であり、音声ファイルとしても WAV, ogg, FLAC の形で保存することが可能です。Windows、Mac OS および Linux で利用できます [2]。ちなみに Fedora では mscore というパッケージとしてディストリビューションに含まれています。
芸術的な演奏が出来なくとも、楽譜通りに演奏することは、今やソフトウェアがやってくれます。さらに、よその人が入力したスコアが公開されていれば、それをダウンロードして自分の好きなように改訂することも出来ます。以下のシャコンヌもそんな楽譜の一つです。一部の転記間違いを修正して自分の好きなテンポに直しました。バイオリンの音源はピアノに較べると全然ダメで、ピアノかパイプオルガンに音源を変更することも検討しましたが、最終時にダメなバイオリンの音源を使いました。たとえ音源が悪くとも、そしてインテンポで感情のこもらない演奏であっても、それでも心を打つものがあると思うのは私だけでしょうか。
Chaconne, Fifth Movement Of Partita No. 2 In D Minor For Solo Violin (BWV 1004) by bitwalk参考サイト
- 【予約ポイント10倍】チョン・キョンファ~待望のバッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全曲初録音! - TOWER RECORDS ONLINE
- MuseScore | Free music composition and notation software
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