2018-07-07

才能の枯渇はまだ、いや、あればだけど…

最近忙しいから疲れているのかな?独り言を書きたくなりました。

転職して職場が変わっても、その業界にいる限り、昔の同僚や先輩後輩に出くわすことがある。

「何だかんだ言ってもまだ半導体業界にいます。」と、かつてお世話になった先輩に某顧客の工場の喫煙室で挨拶をしたとき、「半導体業界以外に移る必要がなぜある?」と返され、返事ができなかった。

週の大半が出張の毎日。ホテルから出張先へ向う時間調整で、毎日ではないのだけれど NHK の朝の連続テレビ小説を観るようになってしまった。今放映している「半分、青い。」で、主人公が伸びない才能に諦めをつけて漫画家をやめる決意をする段階にさしかっている(第13週 仕事が欲しい 6月25日(月)~6月30日(土)放送)。この場面に心がチクチクする。いや主人公にではない、自分にである。

漫画家に限らず、プロの仕事であればなんでも「才能」が必要とされる。自分は転職を重ねたけど、半導体業界の片隅でエンジニアとしてまだなんとかやっている。でも50歳半ばになり、年寄り臭く過去を振り返ることが多くなってしまった。一体自分が一番輝いていたのはいつだったのだろうかと。いや、過去を振り返っても仕方がないことなのだが、最近では才能ある若い世代をとても羨しく思うようになっている自分に気付く。

若い頃は負けるものかと、自分も切磋琢磨を続けて、自分ができないことをする同僚に追いつくことを目指したものだ。今は聞き分けが良い年嵩の同僚に成り下がってしまったようだ。もちろん少しでもキャッチアップしようと、知らなかった技術を仕入れて悪あがきをしているのではあるが…。

前述の番組でナレーターは、「才能が枯渇する」というような表現で主人公の状況を言い表したが、それは創造力を必要とする分野の仕事では致命的な事なのだろう。若い時に自分の才能の限界に気がついてしまったら、漫画家のような職業だともう廃業するしかない。そんな漫画家の「作品」はもはや読者に受け入れられるわけがないからだ。

幸い、エンジニアという職業はそうでもない。それは技術の蓄積の上に成り立っている仕事であるからだ。もちろん創造力を必要とする部分はあるが全てではない。きらきらと光り輝く才能が無くともなんとかやっていける。だから諦めきれずに悪あがきができる。

大学を卒業後、半導体プロセスエンジニアとしてキャリアをスタートした自分は、担当のドライエッチングプロセスの実験に熱中し、夜遅くまで SEM 室でエッチングしたサンプルの断面を観察していたものだ。日常的にプロセスの改善に明け暮れる中で DOESPC を駆使するにつれて統計解析を扱う仕事が増え、昨今 FDCVM に取り組むに至っては、半端ない量の多変量変数を扱うために機械学習の知識が必要になってきた。同じ場所、仕事に留まるとテクノロジーのトレンドから取り残される。だから新しい知識を習得するための努力は続く。

人生百年と言えど、職業人生はとっくに折り返し地点を超えてゴールを意識する歳になってしまった。そろそろラストスパートだ。

参考サイト

  1. NHK連続テレビ小説『半分、青い。』

 

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